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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)200号 判決

原告

越山康

原告補助参加人

坂口和榮

外六八名

右補助参加人ら訴訟代理人弁護士

越山康

被告

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

新井一男

右指定代理人

湯川浩昭

外五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、参加によって生じた部分は補助参加人らの負担とし、その余は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  平成七年七月二三日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙の東京都選挙区における選挙を無効とする。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  被告

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、平成七年七月二三日に行われた参議院(選挙区選出)議員選挙(以下「本件選挙」という。)の議員定数配分規定が憲法に違反するものであるとして、東京都選挙区の選挙人である原告が、その選挙区における選挙の無効を求めた訴訟である。

二  本件選挙は、公職選挙法の一部を改正する法律(平成六年法律第四七号。以下「平成六年改正法」という。)により改正された公職選挙法(以下「公選法」という。)の参議院議員定数配分規定(公選法一四条及び別表第三並びに平成六年改正法附則。以下「本件議員定数配分規定」という。)に基づいて施行されたものである。

三  争点

本件議員定数配分規定は、投票価値の平等を要求している憲法一四条一項等に違反するものといえるか。

この点に関する原告及び原告補助参加人らの主張は別紙一(原告の主張)及び二(原告及び補助参加人らの主張)記載のとおりであり、被告の主張は別紙三記載のとおりである。

第三  争点に対する判断

一  選挙権の平等と国会の裁量権

本件訴訟に関する当裁判所の基本的な考え方は、一連の最高裁判所判決とその趣旨を同じくするものである。その要旨は、次のとおりである。

1  国会議員を選挙する権利は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利であって、国民固有の権利であり、憲法一四条一項の規定及びその政治の領域における適用としての憲法一五条三項、四四条ただし書の規定は、右権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、選挙権の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものと解される。しかし、憲法は、議員の定数、議員及び選挙人の資格、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるものとし(四三条、四四条、四七条)、どのような選挙の制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることになるのかの決定を国会の広い裁量にゆだねている。したがって、投票価値の平等は、憲法上、唯一、絶対の基準ではなく、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さなければならない。

2  憲法が国会を衆議院と参議院とで構成するものとし(四二条)、各議院の権限及び議員の任期等に差異を設けているが(四五条、四六条、五四条、五九条から六一条まで等)、その趣旨は、両議院がそれぞれ特色のある機能を発揮することにより国会を公正かつ効果的に国民を代表する機関たらしめようとするところにある。右趣旨を受けて参議院議員選挙法(昭和二二年法律第一一号)は、参議院議員を全国選出議員と地方選出議員とに区分し、後者については都道府県を単位とする選挙区において選出されるものとしているが、各選挙区ごとの議員定数については、憲法が三年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、各選挙区を通じてその選出議員の半数が改選されることになるよう配慮し、これを偶数としてその最小限を二人とする方針の下に昭和二一年当時の各都道府県の人口に比例する形で二人ないし八人の議員数を配分し(同法の別表)、昭和二五年に制定された公選法の一四条、別表第二の議員定数配分規定はこれをそのまま引き継いでいる(なお、改正経過については後に述べる。)。

右のような参議院議員の選挙制度の仕組みは、地方選出議員(又は後述の選挙区選出議員)について、都道府県が歴史的にも政治的、経済的、社会的にも独自の意義と実体を有し、政治的に一つのまとまりを有する単位としてとらえ得ることに照らし、これを構成する住民の意思を集約的に反映させるという意義ないし機能を加味しようとしたものであると解することができ、国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものであるとはいえないから、その結果として各選挙区の議員定数と選挙人数又は人口との比率に較差が生じ、そのために選挙区間における選挙人の投票価値の平等がそれだけ損なわれることとなったとしても、直ちに選挙権の平等を侵害したものとすることはできない。

3  議員定数配分規定の制定又は改正の後、人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数(又は人口)の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法と現実の配分の状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正する何らの措置も講じないことが複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮してもその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解される。

二  本件議員定数配分規定の合憲性

1  証拠(甲二、三、乙一、二)及び弁論の全趣旨によれば、本件議員定数配分規定の改正経過等として次の事実を認めることができる。

参議院議員選挙法は、参議院議員の総数を二五〇人とし、それを全国選出議員(なお、全国選出議員は、全都道府県の区域を通じて選出されるから、各選挙人の投票価値には差異がない。)一〇〇人と地方選出議員一五〇人とに区分し、同法の別表の議員定数配分規定は、地方選出議員について、選挙区を都道府県単位とし、昭和二一年四月二六日施行の臨時統計調査に基づく総人口を議員総定数一五〇で除して得られる数値で各選挙区の人口を除し、その結果得られた数値を基準とする各都道府県の大小に応じ、これに比例する形で二人ないし八人の偶数の議員を配分したものである(ちなみに、当時の最大較差は宮城県対鳥取県の1対2.62であった。)。昭和二五年に制定された公選法の一四条及び別表第二の議員定数配分規定は右の参議院議員選挙法の別表の定めをそのまま引き継いだものであり、その後沖縄返還に伴って昭和四六年法律第一三〇号により沖縄県選挙区の議員定数二人が付加された以外は、平成六年改正法による改正に至るまで右定数配分規定に変更は加えられなかった。なお、昭和五七年法律第八一号による公選法の改正により、拘束名簿式比例代表制が導入され、比例代表議員(なお、比例代表議員は、全都道府県を通じて選出されるから、各選挙人の投票価値に差異がない点においては、従来の全国選出議員と同じである。)一〇〇人と都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員一五二人とに区分されることとなったが、議員総定数及び議員定数配分規定に変更はなく、選挙区選出議員は、従来の地方区選出議員の名称が変更されたに過ぎないものであった。

その間、人口の異動により選挙区間の議員一人当たりの選挙人数(又は人口)の最大較差は徐々に増大し、平成二年の国勢調査の結果によると、その議員一人当たりの人口較差は最大1対6.48(神奈川県対鳥取県)にまで増大した。また、選挙人数(又は人口)の多い選挙区の議員数が選挙人数(又は人口)の少ない選挙区の議員数より少ないという、いわゆる逆転現象も増加していった。

そこで、国会は平成六年各選挙区間における議員定数の不均衡を是正するとともに、いわゆる逆転現象を解消すべく、公選法の改正に着手し、神奈川県、埼玉県、宮城県、岐阜県でそれぞれ定数を二増加するのに対し、北海道で四、兵庫県及び福岡県でそれぞれ二定数を減ずることを内容とする平成六年改正法を可決成立させた。その結果、平成二年の国勢調査結果における選挙区間の較差は最大1対4.81(東京都対鳥取県)に縮小し、選挙区間のいわゆる逆転現象は消滅した。そして、平成七年国勢調査結果(速報値)によれば、右較差は1対4.79(東京都対鳥取県)に縮小するに至っている。

2  ところで、最高裁昭和五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁は、昭和五二年七月一〇日施行の参議院議員選挙当時における選挙区間の議員一人当たりの選挙人数の最大較差1対5.26について、いまだ許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りない旨判示し、さらに、最高裁昭和六一年三月二七日第一小法廷判決・裁判集民事一四七号四三一頁は昭和五五年六月二二日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対5.37について、最高裁昭和六二年九月二四日第一小法廷判決・裁判集民事一五一号七一一頁は昭和五八年六月二六日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対5.56について、最高裁昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決・裁判集民事一五五号六五頁は昭和六一年七月六日施行の参議院議員選挙当時の最大較差1対5.85について、いずれも、いまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りない旨を判示したうえ、最高裁平成八年九月一一日大法廷判決は、平成四年七月二六日施行の参議院議員選挙当時においては、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大1対6.59にまで達しており、右選挙当時、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたものと評価せざるを得ないとしつつも、このような判定は、立法政策をふまえた複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立って行使されるべき国会の裁量的権限の限界にかかわり、かつ、昭和六三年一〇月には前記のような1対5.85の較差については、違憲の問題が生じないとする最高裁判決も存したことなどを総合考慮し、右選挙までの間に国会が定数配分規定を是正する措置を講じなかったことをもって、その立法裁量権の限界を超えるものと判断することは困難である旨判示した。

3 右2の大法廷判決を含む最高裁判所判決に示されたところに従う限り、本件議員定数配分規定は、憲法に違反するものではないと判断される。すなわち、右の昭和五八年の大法廷判決が最大較差1対5.26につき(なお、当時既にいわゆる逆転現象が存したことは当裁判所に顕著である。)、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとはいえないと判示し、これを受けて、右の昭和六一年の第一小法廷判決、昭和六二年の第一小法廷判決及び昭和六三年の第二小法廷判決がそれぞれ最大較差1対5.37、1対5.56及び1対5.85につき同様の判示をし、右の平成八年の大法廷判決が右各判示を是認したうえで、最大較差1対6.59について、初めて、違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたと判示しているのであるから、平成六年改正法によって最大較差が1対4.81まで縮小したうえ、いわゆる逆転現象も解消されるに至り、その後の人口の異動によって選挙区間における議員一人当たりの選挙人数(又は人口)の最大較差が若干にせよ縮小傾向にあることに鑑みると、右の一連の最高裁判所判決に従う限り、本件議員定数配分規定は、そこに違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が存在するとするには足りないとせざるを得ないのである。

4  憲法は二院制を採用したうえ、参議院については、その議員の任期を六年としていわゆる半数改選制を採用し(四六条)、その解散を認めないものとしているが(七条三号、五四条参照)、このことから、参議院(選挙区選出)議員については、議員定数の配分をより長期にわたって固定し、国民の利害や意見を安定的に国会に反映させる機能を持たせようとしているともいえるのであって、その点において、参議院の議員定数配分規定の策定には衆議院のそれとは異なる政治的配慮、判断の下に、国会が漸進的な是正という立法裁量権を行使することにもそれなりの合理性が存すると考えられる。そして、選挙区を人口較差の大きい都道府県を単位として選挙区選出議員の総定数を一五二人に限定し、各選挙区ごとの議員定数を偶数として最小限を二人とする公選法の採用している参議院議員の選挙制度の仕組みの下において、選挙区間における一人当たりの選挙人数(又は人口)の較差の是正を図ることは、相当に技術的な限界があることは明らかである。また、大都市集中等による人口の異動によって都道府県間すなわち選挙区間の人口較差が、昭和二一年当時(臨時統計調査人口)は最小(鳥取県)1に対し最大(東京都)7.50であったものが、平成七年当時(国勢調査人口速報値)は最小(鳥取県)1に対し最大(東京都)19.14にまで拡大しており、これによって、選挙区間の較差の是正を図ることにつき更に限界が設けられることになったと考えられるのである。

しかし、参議院(選挙区選出)議員定数配分の選挙区間の不平等状態は、右のような限界があればあるほど、その枠内、すなわち参議院議員の選挙制度の仕組みとの調和を図る等の制約の下において、実行可能な範囲で機械的な厳密さを持って是正するという方向が示されるのでなければ(その際、選挙区の最大定数を八人のまま維持することの当否も問題となり得るであろう。)、国民の期待に応えることにはならないものと思われるのである。

平成六年改正法による改正は、参議院(選挙区選出)議員の定数配分規定を昭和二二年以来初めて改めたものであり、これによって最大較差が縮小し、いわゆる逆転現象が解消したものであり、選挙区間の投票価値の著しい不平等状態を是正したものと評価されるのであるが、改訂すべき点を最小限に止めようとしたものであって(選挙区の最大定数八人を維持し、改める選挙区数を絞ったものであった。)なお暫定的なものとみられ、漸進的にせよ、より抜本的な是正が期待されるのである。

三  以上のとおりであって、本件議員定数配分規定はこれを憲法に違反するものとすることはできず、本件議員定数配分規定のもとにおいて施行された本件選挙はこれを違憲、無効であるとすることはできない。

第四  結論

よって、本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官丸山昌一 裁判官小磯武男)

別紙〈省略〉

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